ニューヨークで見た「素材」の生かし方

出張で訪れたニューヨーク。

世界金融の中心、人種のサラダボウル、演劇のメッカ…様々なイメージで語られる街。

一歩路地に足を踏み入れるだけで、違う大陸にワープしたかのような錯覚を覚えさせられる、小宇宙。

その中でも自分を一番魅了したのは、マンハッタン島西部・チェルシーのハイライン。かつての線路跡。

https://www.thehighline.org/history/より

かつてチェルシーにも貨物列車用の線路が存在していた。

しかし、人身事故が相次いだため1930年代に線路を高架化、公道上ではなく私有地の上を這うように敷設された。

トラック輸送の普及により、60年代から80年代にかけて順次廃線になったが、その朽ち果てた姿と利便性の観点から、一部住民による取り壊し運動も行われていた。

ただ最終的にニューヨーク市は、廃線後生え放題であった植物を有効活用しつつ遊歩道として整備し、2009年に一部オープンに至った。

実際にハイラインを歩いていると、写真を撮っている観光客はもちろんのこと、一直線に走る現地のランナー、線路沿の建物の壁にグラフィティを描いているアーティスト、ベンチに腰掛けて昼寝している老人など、思い思いの楽しみ方に興じている人々が目に入る。

それまで存在自体を否定され、抹殺されかけないものが、その地のシンボルとなり、市民のみならず外部の人間にも愛でられていることに、不思議な感情が湧き上がった。

ハイライン沿いの建物には多くのグラフィティが

日本の都市を見ても、他都市の成功例を取り入れるケースが多いし、自治体の視察旅行も大人気だ。

決して真似事が悪いわけではない。良いところを積極的に取り入れることで、文化は昇華される。

しかし、そこにしかないものを見落としていないだろうか。

ハイラインのような独自の景観・歴史を持つ構造物。その魅力を上手く引き出すことで、他の都市には真似できない「名所」が生まれる。

他にはないからこそ記憶され、また行きたくなる。

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